そして香の残された駅が小さくなったとき
数発の銃声が聞こえた...


誰もが耳を疑う。
もしや...
絶望の中で気を失う今日子。

流産...
今日子はたったひとつの希望の光をも失う。
香さん....
ゆるして あなたの子供を...

香は銃殺に...?
誰もがそう思う状況にもかかわらず...

今日子は、香がかならず生きて帰ってくれることを
信じて待ちつづける。

引き上げ船のなかで
今日子の女学校の恩師が女の子を出産するが、
そのまま息をひきとってしまう。
今日子は、残された赤ん坊を引き取り、
「明日香」と名づけて、自分たちの子供として育てていくことにする...

あのとき聞こえた銃声、
何一つ音信のないまま流れゆく年月...

やはり、香はもう生きてはいないのでは...

そんなことはない
今日子だけは、香が生きていると信じ、
香の母をはげましつづける

強い心で....

あの人は絶対に私をのこして死んだりしない....

信じて....

信じて....



引き上げ船が着くたびに今日子は足を運び香の消息をたずねた。
なんと........収容所で香を知っているという人がいた。


ああ...香さんは生きていた...
生きていてくれた...


地獄のような生活の中で
あの人はいつもさわやかな笑顔をわすれずにいた。
ほんとうにいい青年だった。

でも...無理がたたったのかある日ひどく血をはいて...
ソ連兵がたんかにのせて連れて行ったが
それっきり会っていない
あの人はもう生きていないんじゃないかな


そんな...

それでも今日子は信じて待ち続けた。

あの人は私をのこして死んだりしない....

あのときの銃声もなんともなかったのだから...
私のために生きてくれているはず。

今....信じられるのは、愛の強さだけ...

かならず、かえってくる....
わたしのために

信じて...

信じて...

待ち続ける...


そして5年の月日が...

ハヤミカオルドノ キコクケッテイ
レンラクコウ

ついに 信じ続けた気持ちがむくわれる時が。
愛が奇跡をおこし、香が今日子のもとに

今日子は出あったときの女学生のように
髪を下ろして港に向かう。

近づいてくる引き上げ船の中に 香の姿をみつけた...

香もまた今日子の姿をみつけ、
二人はくいいるように見つめあったまま、
人ごみの中を、かきわけ、かきわけ
互いに近づこうとする。

1歩でもそばに...はやく...はやく...
あと少し、
あと少しであの人の手にふれることができる...

やっと...

今、私が差し出した手をにぎりしめてくれるのは
待ち続けた人...

5年ぶり、ただ生きていると信じ続けつづけ
待ち続けた人...

香さん...

今日子...

5年ぶりにふれるお互いのぬくもり。

髪のびたわね...

やせたね...
よくまっていてくれた...

多くの言葉はいらない二人。
5年の月日がうそのように、ただ二人は抱き合う。
今日子の目からこぼれる涙を香がやさしくぬぐう...


ようやく訪れた香と今日子の幸せ。

香は収容所での無理がたたり、
しばらく療養が必要になるが、静かな幸せな日々が続く。

二人の間に女の子が生まれた。「未来」と名づけた。


そして、時は流れ 10年の月日が...

ようやく健康を取り戻した香は 
療養中から少しずつはじめていたロシア語の翻訳の仕事を
本格的にとりくむことにし、
長年働き続けていた今日子は勤めをやめることに...

健康を取り戻し、しっかりと今日子を自分の手で
幸せにできると信じることのできた香は
はじめての家族旅行の旅先で
横に寝ている今日子に静かに語りはじめる...



捕虜収容所の話は...
したことがなかったね...

(突然の話におどろく今日子)

一日に一度だけ
お皿に一ぱいきり
スープともぞうすいともつかぬもの

それだけで
5年間生きてきた

まずかったよ...
わずかでも
いのちをつなぐたべものだ
「ありがたい」とは思ったが
おいしいとは思えなかった。

いや こんなたべものを
「おいしい」などど
思うようになるのがこわかった

飢えになれると
「おいしい」ということばさえ
まちがってつかってまう
それがこわかった......

じぶん自身がかわってしまう...と
思うんだ

平和になれると
たたかいのおそろしさがぴんとこなくなる...

いがみあうことになれてしまうと
いたわりあうこともわすれてしまう...

なにもかも...
なれてしまうことがこわかった...    

あなた...    
たいへんな生活だったのね...

おまえがいたから生きてかえれたんだ
食事のたびにあのりんごを思い出した

労働のきつい日は
おまえの声を思いだし...

いてつくさむい夜には
おまえのあたたかいむねを思いだし...

何度か
「もう死んでしまうかもしれない」と
くじけそうになる気持ちを
ささえてくれたのは...

おまえの愛...だった...

今日子が日本でまっている
子供もまっている

おれを信じ
愛して
まってくれている

だから死んではならない

今日子の愛を
うけとめるのは
おれしかいない

おれが死んだら
まちつづけている
今日子の情愛を
無にしてしまう

死ぬものか
生きてかえる!

もういちど会って
もういちど声をきいて
もういちど
だきしめる!

死んではいけないのだ


男の人生にとって
女との愛は
そうたいせつではない...という人もいる

だが、おれはそうは思えない

ほかの人はどうあろうと...
おれは全身全霊で
今日子を愛することによって
じぶんをきたえ
つくりあげてきた...

おれはいえる
男にとっても愛が生きるかてになる場合もあるのだ...と

おれをそだてたのは
おまえの愛だ...
そして...
おまえをそだてたのも
おれの愛だ...と信じたい

愛している 今日子


これほど愛し合いながらも
過酷な運命が二人を待っていた。

香は、どんなときでも 今日子の幸せを一番に考え、
愛しつづけながらも、
38才という若さで病のため
この世を去ることになる。

その昔
香がまさに帰還してくるその日、
以前から病にふせっていた香の母は、
今日子が港に香を迎えに出かけているそのときに
留守番の 明日香の前で血をはき、息を引き取った。
最後に明日香に残した言葉。

明日香...
よく聞いておくれ

おまえの
おかあちゃんは...
ほんとに...りっぱな人だよ...

おばあちゃん...
おまえの
おかあちゃんに...
わたしの口からお礼をいいたかったけど
もうまにあわないかもしれないから...

おまえにいっておくよ...

おかあちゃんがいなかったら...
おばあちゃん...
うんとうんと不幸だったよ...
きっと...

おばあちゃんの
だんなさんはね...戦争で死んじゃったのよ
むすこの香も...
おまえのおとうちゃんも
死んだとおもっていたけれど...

こんなにながいあいだ
かえってこなかったら
死んだと思うのがふつうだよね...

今日子さんは
ずっと香の生きていることを信じて...
わたしを力づけてくれたわ...

はたらいて...
はたらいて...
おまえをそだてて

明日香
おまえは小さくて
よくわからないかもしれないけれど...

かなしいとか...
さびしいとか...

そんなことを
口にださないで
愛を信じつづけること...

それが
女の人の生きる道だと思うのよ

明日香
今はわからなくてもいいの...

おまえのおかあちゃんが
そんな人なんだから...

おまえはほんとに
いいおかあちゃんにそだてられたね...

香...
あの子とうとう帰ってくるのね...

うれしい...

今日子さんがいなかったら
わたしとっくに死んでいた...

香がかえってくる
よろこびもしらないまま...

今日子さん
ありがとう...

ほんとうに...

一足ちがいで、戻ってきた香たち。
呆然とする香たちに
明日香は泣きながら伝えた、

おばあちゃん
ありがとう...って

おかあちゃんのおかげで
うれしい...って

香は今日子にこう告げた。

かあさんが
ありがとうっていったんだね...

今日子...
かあさんにかわって礼をいうよ...
ありがとう...

かあさんはきっとしあわせだったんだよ

死ぬときに...ありがとうなんて
ほんとうに
しあわせだったと思わなきゃ
いえないことだよ




香も いま 旅立とうとしている...

今日子
わすれたりはしないよ
この手も...
くちびるも...
このひとみも...

みんなわすれたりはしない...

今日子は香の胸に顔をうずめる

あたたかいね...
きみは

あなたがいるから
あたたかいのよ

ははは...
おれが太陽みたいないい方だね

そうよ
太陽よ

わたしはあなたの光をあびてみのるりんごよ

りんごか...
ゆめをみそうだ

どんなゆめ...

あなた...

...しあわせなゆめだよ...

ああ...おまえのおかげだ...

しあわせな...ゆめだ...

ありがとう...

ありがとう...





人を愛することを
おしえてくれたのはあなた

なくことも
わらうことも
みんな あなたに
おしえてもらった

信じることも
希望のない人生はないということも...

愛が愛をそだて
希望が希望を生むということも...

あなたがいたから
わたしは生きてきた

いまわたしの世界が希望の光にかがやいているのも
あなたがいたから

そしてこれからも

この輝きをかてに

私はさびしさなどしらないで
生きていける



〜あした輝く〜

原作 里中満智子











文中の会話の部分は里中満智子さんの

作品の中の言葉をそのまま引用しました。






少女のころ、里中満智子さんが与えてくださった感動.... 数々のすばらしい才能あふれる作品をあの時期に届けてくださったことに心から感謝しています。







Bae Yong Joon Top へ